建設キャリアアップシステムで変わる建設業 ~背景と施工管理が留意すべきポイント~
建設キャリアアップシステムとは?すでに運用は始まっていますが、いまいち現場で上手く運用できていない印象です。ここではその導入背景と建設業法改正に伴って施工管理者が留意すべきポイントを紹介します。
- 建設キャリアアップシステムへの登録を先延ばしにしている。
- 建設キャリアアップシステムの導入背景を知りたい。
- 施工管理として何をチェックするべきか知りたい。
目次
建設キャリアアップシステムとは?
建設キャリアアップシステム(Construction Career Up System, 略称CCUS)とは一般財団法人建設業振興基金(https://www.kensetsu-kikin.or.jp/)が運用する官民一体の業界統一の技能者管理システムです。
国土交通省ではその意義をこのように述べています。(国土交通省HPより引用)
建設業が将来にわたって、その重要な役割を果たしていくためには、現場を担う技能労働者(技能者)の高齢化や若者の減少といった構造的な課題への対応を一層推進し、建設業を支える優秀な担い手を確保・育成していく必要があります。
そのためには、個々の技能者が、その有する技能と経験に応じた適正な評価や処遇を受けられる環境を整備することが不可欠です。
建設業に従事する技能者は、他の産業従事者と異なり、様々な事業者の現場で経験を積んでいくため、個々の技能者の能力が統一的に評価されにくく、現場管理や後進の指導など、一定の経験を積んだ技能者が果たしている役割や能力が処遇に反映されにくい環境にあります。
こうしたことから、技能者の現場における就業履歴や保有資格などを、技能者に配布するICカードを通じ、業界統一のルールでシステムに蓄積することにより、技能者の処遇の改善や技能の研鑽を図ることを目指す「建設キャリアアップシステム」の構築に向け、官民一体で取り組んでいるところです。
簡単に言うと、
建設業における現場仕事という特殊な働き方をする技能者について、統一ルールで様々な情報を見える化。処遇の改善を図ろう。
ということで平成31年4月より本格運用が始まっています。
建設キャリアアップシステムに登録される情報
建設キャリアアップシステムでは個人が登録する技能者情報と法人が登録する事業者情報があります。
- 本人情報(住所、氏名等)
- 社会保険加入状況
- 建退共手帳の有無
- 保有資格
- 研修受講履歴
- 商号
- 所在地
- 建設業許可情報
ここでいくつかの情報がこの制度の肝になります。特に注目するべきは技能者は社会保険の加入状況。事業者は建設業許可情報です。
それは現在建設業が現在抱える大きな問題に起因しています。
建設キャリアアップシステムを利用することによるメリット
国土交通省による建設キャリアアップシステムを利用するメリットは以下の事を挙げています。
- 現場経験や保有資格が業界統一のルールでシステムに蓄積されることで適正に評価される。
- 適正な評価を通じて処遇の改善につながる。
- 建設業退職金共済制度における証紙の貼付状況が確実かつ容易になる。
- 技能者・事業者がそれぞれ就業実績や資格取得などの状況を確認することができる。
- 更なる技能の研鑽や資格の取得につながる。
- 建設業を一旦離れ再入職する際、離職以前に習得した資格・研修や現場経験を客観的に証明できる。
- 雇用する技能者の水準を客観的に把握できる。
- 人材の育成に努め、優秀な技能者を抱える専門工事業者は、施工力をアピールして受注機会の拡大につながる。
- 社会保険加入状況の確認など、現場管理の効率化が図れる。
- 現場のコンプライアンスやトレーサビリティの確保を図ることができる。
- 優秀な人材を抱える専門工事業者の選定に活用できる。
- 顧客に対して施工に携わる技能者のスキルをアピールできる。
- 建設キャリアアップシステムとの連携により、独自システムを運用している事業者においてもシステムの拡充や合理化を図ることも可能。
一見多くのメリットがあるように見えますし、施工管理業務としてもかなりの効率化が図れるのだろうと思います。しかし普及には大きなハードルがあります。それこそが現在の建設業が抱える構造的な問題に直結しているためです。
建設業が抱える問題① 深刻な労働者不足
建設業は深刻な人材不足です。下の図は平成28年度の総務省の労働力調査になりますが、建設業の主要な年齢層も55歳以上に集まる一方34歳以下は下がる一方となっています。
ただでさえ3Kと言われ避けられるこの仕事。労働者の高齢化が進んでいるのに若手の絶対的に不足し、業界の存続が危惧される、という判断を以前より国土交通省はしているわけです。
国土交通省によると若年者が建設業への入職を避ける理由として
- 全産業の平均を約26%も下回る給与の水準の低さ
- 最低限の福利厚生社会保険への未加入
といったことを挙げており、適正な労働賃金の支払いを目標として社会保険加入対策について市場の整備をしてきました。今回の建設キャリアアップシステムもその一環となっています。
建設業が抱える問題② 一人親方という働き方
建設業の働き方として昔からよくあったのが“一人親方”です。労働者を雇用せずに自分自身と家族などだけで事業を行う事業主の事を言います。
一般的に雇用される労働者とはこのような違いがあります。
比較項目 | 被雇用労働者 | 一人親方 |
---|---|---|
働き方 | 労働契約 | 請負契約 |
労務の裁量 | 無(指示による) | 有 |
資機材 | 会社負担 | 自己負担 |
社会保険 | 会社負担 | 自己負担 |
経費 | 会社負担 | 自己負担 |
一人親方は個人事業主なので、社会保険を始め事務作業に関わる費用も自ら負担しなければいけません。本来そういった費用も含めて業務を請け負うのですが、バブル崩壊後の建築投資の激減で建設労働単価が下がり、本来含まれるべき社会保険料を考慮されない契約が増えました。
さらに発注する側は経営が苦しくなると社会保険費や残業手当支給などの回避を目的に本来雇用すべき技能者をわざと一人親方にするという行動に出ます。請負なのでいくら働いても報酬は同じ、社会保険などの負担は個人。建設業ではそういった奴隷のような働かせ方がしばらくまかり通っていたのです。これを偽装一人親方といいます。国土交通省では偽装一人親方を以下の通りに定義づけています。
- 法定福利費等の労働関係諸経費の削減を意図して、雇用関係にあった労働者を個人事業主として請負契約を形式的に結ぶ。
- 特定の建設会社に専属従事し、労働日数や賃金を管理され、仕事に対する指揮命令を受ける関係にあるが、雇用契約を締結していない。
- 表向きは社員と呼び、例えば会社のヘルメットやユニホーム、名刺等を支給しながらも、実態は、本人の希望等を理由として社会保険に加入せず、請負として扱う。
- 作業員名簿上は社員(雇用)としながらも、社会保険を適用除外扱いとして、雇用契約を締結していない。
建設業許可と軽微な建設工事
建設業を営もうとする者は、“軽微な建設工事”のみを請け負う場合を除き、建設業法第3条の規定に基づき、建設業の許可を受けなければなりません。“軽微な建設工事”とは、工事1件の請負代金の額が建築一式工事以外の建設工事の場合にあっては、500万円未満とあり、専門工事である一人親方はこの金額に達しないようにやりくりをします。
しかしこれには注意点があります。この500万円という金額は材料が支給されている場合でも、注文者から支給された材料費(市場価格+運送費)と自社施工分の工事費を合算したもので判断されます。
では実際支給された金額がいくらなのか?この辺りがグレーな部分で請負金額が500万円未満となるように契約されているものの、その実態が有耶無耶になっているのです。
偽装一人親方が労務単価を下げている
現状でもきちんと申請しているといった方も当然いらっしゃいます。しかし有耶無耶な状態の事業者の方が多いという印象です。
社会保険の加入、建設業許可の申請、さらには令和5年から始まるインボイス制度。こういったものを厳密に行わなくてはいけなくなった場合、負担するべき費用は相当なものになります。
発注の際に業者を比較検討する場合、本来支払われるべきお金をしっかり見込んでいる事業者の方が金額は当然高くなります。しかし本来あるべき負担を見込んでいない偽装一人親方状態の事業者、もしくはそれを抱える下請け業者が(不当に安価な金額で)仕事を受注するのです。こうして正直者が馬鹿を見る状態が続いていました。
建設キャリアアップシステムで一人親方が絶滅する?
現在国土交通省を始め関係団体は建設業の適正な労働単価の実現、安心した社会活動を行うための福利厚生の展開によって若手労働者を業界へ戻そうと必死になっています。
令和2年10月1日の建設業法改正によってこの辺りの方針が明確になっています。建設業許可の要件として社会保険の加入が加わりました。一人親方として働く事のハードルを上げて不適切な事業者を排除しようとしているのです。
ここまでくると個人事業主というよりも法人の経営者並みの事が求められていますね。国土交通省では適正と考えられる一人親方を以下のように考えているようです。
- 建設業許可の取得
- 職長クラス、建設キャリアアップシステムレベル3の保有
- 実務経験年数が10年程度以上や多種の立場を経験
- 専門工事技術のほか、安全衛生等の様々な知識の習得
- 各種資格の取得
- 建設業法や社会保険関係法令、事業所得の納税等の各種法令を遵守
- 適正な工期及び請負金額での契約締結
- 請け負った契約に対し業務を完遂
- 他社からの信頼や経営力
おそらく現状だと多くの一人親方にとって厳しい条件になっていると思います。この基準で厳密に運用された場合に立ちいかなくなる事業者の方も出てくると思われます。しかし適正な報酬が末端まで行き届いておらず、成り手が減少し続けている建設業において、この一人親方問題を整理する。その事が業界で働く人たちの待遇改善に繋がるとして国土交通省を始め、関係団体は考えて様々な制度を見直しています。
施工管理者が留意すべきポイント
一人親方を管理する側としては何に注意したらよいでしょう?
国土交通省は令和2年10月1日の建設業法改正に伴い、元請企業及び下請企業の取組の指針となる「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」を改訂しました。
管理する上でのポイントは以下の通りですが、一度本文を熟読していただくことをおすすめします。
- 建設キャリアアップシステム(以下CCUS)活用の原則化・推進として社会保険加入状況の確認を行う際にはCCUSの登録情報を活用すること。
- CCUSで社会保険の加入状況を確認できない場合、建設企業及び作業員について社会保険に加入していることを証する関係資料等のコピーを提示させる。
- 一人親方として下請企業と請負契約を結んでいるために雇用保険に加入していない作業員については、元請企業は下請企業に対し、一人親方との関係を記載した再下請負通知書及び請負契約書の提出を求める。
- 下請企業の役割と責任として、請負契約にある一人親方について実態が雇用労働者であれば早期に雇用関係を締結し、適切な社会保険に加入させる。
- 確認の結果不適切と判断される場合は現場への入場は原則認めない。
CCUSに登録する際に社会保険の審査を厳密に行っているので、システム内の情報は信用してよい。使わない場合は自ら揃えてください。
といったことですね。また、下請企業の責任についても明確に記載されています。CCUSを使ったほうが手間が少ないですし、それでチェックするようにしますよね?こういったことも偽装一人親方撲滅の手段になっていると感じます。
まとめ
いかがでしたか?まだ完全に普及したとは言えない建設キャリアアップシステムですが、建設業の将来のために必要なものだという事が分かったと思います。
建設キャリアアップシステム導入に伴う調査によってこれから痛みを伴う事例が数多く出てくることだと思います。しかしシステムが上手く運用されることで、同じ業界で働く仲間が適正に評価され収入や労働環境改善につながって欲しいと願うばかりです。
参考資料
<国土交通省>
■建設産業における技能労働者の処遇改善に向けた取組
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/totikensangyo_const_tk2_000067.html
■建設業における社会保険加入対策について
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/totikensangyo_const_tk2_000080.html
■建設業の一人親方問題に関する検討会
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/totikensangyo_const_tk2_000133.html
■社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001365251.pdf
<YOUTUBE>
CCUSチャンネル一般財団法人 建設業振興基金